この人奥さんじゃありません

長太郎9歳 白二郎・甘三郎6歳

 

長太郎が珍しく怒っている。

 

どうしたの?

 

「あのね、さっき公園で白くんと甘くんと遊んでいたら知らないオバサンが声かけてきたの。」

ふむふむ、

「あら、三人兄弟?双子なの?可愛いねえ。って言われたの。」

ふふん。まあそうよね。

いいオバサンだわ。

やっぱりうちの子可愛いんだわ。

 

 

「そしたら白くんったら、ボクはヤシマ白二郎。お兄ちゃんの長くんと双子の甘くん。

今はヤシマだけど、前はぴょろ田白二郎だったの。何故かって言うとお母さんがボクたち3人連れて離婚して

仙台からおばあちゃんのいる札幌に戻ってきたの。ボクのお母さんはね、子供3人産んだことが何よりの自慢なんだって。

そして、3人とも連れて札幌に戻れて凄く嬉しいんだって!」

あらあ、昔の苗字も言ったのねえ。

ま、いいか。

 

「ボクは白くんに、もうやめなよ。って言ってるのに、なあに!長くんうるさいなあ!って喋り続けるの。」

「お母さんは最近仕事を始めたの。○○デパートの△△ってお店なんだよ。

お給料は○○円で、ボーナスも年に二回出るんだよ。って、そこまで喋ったんだよ!」

ありゃあああ。

そこまで喋ったんだ。

全部本当のことだもんねえ。

 

白二郎はけろっとした顔して甘三郎と遊んでいる。

 

そうなの。

いつも子供達に

お母さんの自慢は子供を3人産めたこと。一番嬉しいことは3人とも連れて札幌に戻れたこと。って言ってるの。

お母さんのお給料はいくら。お父さんから養育費としていくら頂いている。そして、母子家庭の扶養手当としていくらいただいている。

とはっきり教えたの。

だから、ごはんやおかずはいくらおなかいっぱい食べても大丈夫。

これは世の中があなた達を育てるのを助けてくれているお蔭なの。

だから、大人になったらお母さんやお父さんにはお返しはしなくていいから世の中にお返しをするのよ。と。

 

わたしは両親揃った、ごく普通の家庭で育ったのだけれども

「いったい家にはいくらお金があるんだろう?」

って心配だった。

昔の親だもん

「そんなこと子供が心配することじゃない。」しか言わないけれども

贅沢品をどんどん買う母を見て不安だった。

よく

「ボトルに半分残ったワインを見て、もう半分しかないと思うかまだ半分もあると思うか?」

って例え話するでしょ。

プラス思考よ!みたいな。

でもね、殆どの子供にとって自分のうちの家計って中身の見えないボトルなのよ。

親がワインを注ぐボトルの角度を見て、大体の残りを察するみたいな。

 

なんてかっこいい言い方しちゃうけど、それが良かったのかどうかは、今でもわからない。

子ども達は、

「くだらないものを欲しがって泣く」ことも

「親の財布からこっそりお金を抜く」こともしなかったけれど

欲しいものを「欲しい!」って言える無邪気な時期がなかった。

おもちゃが欲しくて、店先で泣いて転がる子どもって、親の密な愛情に厚く包まれているのよね。

この影響で大人になったら「守銭奴」や「買い物依存症」になるのかもしれないけれど

先のことなんて考える余裕は無かった。

とにかく今日無事にお腹いっぱい食べて、ご機嫌で眠れたらそれでいいの。

 

 

家計を子どもに開示してすっきりしているわたしなんだけれども、将来の計画があるわけじゃなかった。

当たり前よね。

計画的に暮らす人は無職のまま子ども3人連れて離婚しない。

「神様、あとはなんとかとにかくよろしくお願いします。わたし頑張りますから。」

の見切り発車だもん。

自慢じゃないけど家計簿だってつけたことないってば。

あ、嘘吐きました。ごめんなさい。

断捨離ブームに乗ろうと引き出しの整理をしていたら、主婦だった頃にクロワッサンの店で買った家計簿が出てきて。

2日間しかつけていなかった。

三日坊主できる人って偉いわよね。粘り強いわよ。

一緒に大容量の年賀状ファイルも出てきたんだけど。

何故か阿部真実子ちゃんからの一枚しか入っていないの。

どうしてマミちゃんのだけファイルされているのかなあ?ってちょっと考えたらわかった。

みんな、わかる?

あいうえお順にファイルしようとして、「あ」べまみちゃん一枚だけ入れて頓挫したのよ。

 

フン、お金数えたからって増えるわけじゃないわよ。と開き直って、お給料日の前にはお財布にお金が残っていた場合には全部キレイに使う。

ほら、わたしって几帳面だから。

 

これは楽しかったなあ。

遠足のおやつ並みに、チロルチョコやよっちゃんイカも買って小銭まで使い尽くす。

ワインのボトルの傾け具合で親の懐具合を推測していたわたしは、小銭の入ったがま口逆さにして全部使いきる母親になったの。

 

甘三郎がうとうとと昼寝をしてしまい、暇になった白二郎がぺらぺらと喋り始めた。

 

「お母さん、今日ね、一年二組のクイズ大会をしたんだよ。」

へえ、一年生らしいね。

 

「みんな簡単なクイズ出すからすぐ答えられちゃうんだよね」

そうよねえ。

一年生が出すクイズって言うと、昨日の給食はなんだったでしょう?てな感じのカワイイものでしょ。

 

「人が絶対に答えられないクイズを出さなくちゃね!」

そうだそうだ。

 

「そしてね、ボクが優勝したんだよ!みんなボクのクイズに答えられなかったよ!」

えー、すごいね。白くんどんなクイズ出したの?

 

「ふふ、ボクの昔の苗字は何でしょう???」

 

そ、それはみんなわかんないよねえ。

 

日が落ちる前にと近くの生鮮市場に4人で買い物に出かけた。

4人でぞろぞろと狭い通路を歩く。

今日は何をいっぱい食べようか~。

 

八百屋のおじさんが

「奥さん、今日はほうれん草が安いよ!」って声をかけてくれる。

 

白二郎、目をキラリと輝かせて

「おじさん、この人奥さんじゃありません!離婚しているんです!」

と嬉しそうに説明を始めた。

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