●好きになっちゃった
気高き独身生活四半世紀なんだけど、脳裡から離れない男性がいるのよ。
もしかしたら彼に会えるかとデパートを彷徨うわたし。
どんなに遠くでも彼がいるとすぐわかる。
彼はいつもたくさんの女性に囲まれている。
よく見たいのだけれど恥ずかしいので柱の陰から覗き見をする。
隣では壮二郎が熱い視線を送っている。
そう、彼はわたしたちのアイドル。名前は知らない。会えるのはデパートの小物売り場。
彼がだみ声で「すみまっせーん!お客さまああ。六足千円!六足千円!」と靴下のワゴンセールの発声をすると、今までどこに隠れていたのかと思うほど多数のオバサンがわらわらと集まって来る。
その声の悪さ、眠くなるような話し方、むっちりとした身体に喰い込むスーツ。肌の汚さ。
全てがつい引き込まれてしまう気持ち悪さの芸なのよ。
品物が少なくなると
「今、裏に行っていいのがあるか見てきますねえ」と低く囁いて
あえてゆっくりゆっくり運ぶのよ。しかも内股なのよ。
この牛歩作戦で、六足千円の修羅になったオバサンの闘争心の火がボーっと燃えさかるのが見ていてわかる。
高いダミ声で
「おきゃくさまあー!ろくそくせんえーん」
低い声でそばにいるオバサンに
「男ものもありますよ」
と、中条きよしのように囁くブサイクな顔。
この落差に胸がグッとなる。
なんだかわからないけど胸が騒ぐのよ!
●黒井さん
5年以上前に長太郎に無理やり買わせたピンクのvaioがいよいよ動かなくなっちゃって新しいパソコンを買ったの。
性能はピンクちゃんよりすっごく良いらしいんだけど、なんたって色が黒なのよ。
つまんないよ。
みさおの女の子心に響かないよ。
フン、つまんないヤツと思われているのを知ってか知らずか黒井さんは顔色も変えずに一瞬で起動する。
じーこじーこ言ってたピンクちゃんとは大違い。
えらいよ。黒井さんはしっかり者だよ。
大き目のキーボードも打ちやすいし、GとHの間には赤いボタンまでつけて控え目にお洒落をしているんだけどね。
「オフィスで好感を持たれる一点派手主義の勧め」って記事参考にしてる?
万事派手好きのわたしは赤い丸一個じゃ喜べないわよ。
ああせめてキーボードだけでも赤だったら良かったのになあと不満が残るの。
間違いなく今年一番の高額な買い物なのに
「ああ、黒井さんね」と素っ気ないわたし。
食器洗いのスポンジ一つでも新しい物を買うとはしゃいで
「これ買っちゃったー!」とその日だけ張り切って皿洗いする愚か者なのにね。
ちなみにわたしは掃除用具を買うのが大好き!
油汚れに水垢落とし、曇り止め艶出し。次々買ってはしゃいで一度だけ使って飽きる。
綺麗になるはずの家は余計なものが一つ増えたことでまた散らかる。
目に余ったんでしょ。子どもたちが
「みさおはどうしてそんなに余計なものばかり買うの?」と言われたときに壮二郎が助け船を出してくれた。
「これらの掃除用品はみさおにとっての進研ゼミなんだよ。入っただけで勉強した気になっている人いるでしょ。あれと同じだよ」
そ、買っただけで掃除した気になって安心しちゃうのよ!
それ以来無駄な掃除用品を買っても
「ああみさおの進研ゼミね」
と、みんな和やか。
家族っていいわ!
そうよ、黒井さんの話よ。。
黒井さんに告げ口しないでね、あまり気に入っていないこと。
キーボードの周りに六花亭の花模様マスキングテープを貼ろうかなと思っているのも秘密ね。