睫毛のためなら

●睫毛のためなら

 

「可愛くなりたい」っていつも思っていた。

そ、幼いころから思っていたのよねえ。

「女は綺麗なのが良い」

という父と、たいした綺麗じゃないけどやる気だけはある母と、近所では美少女と言われていた姉との4人家族。

母亀子(仮名)はよくわたしに

「女の子は美人じゃなくても愛想さえ良ければいいんだから」

と半分怒ったように言っていたのだけれど

「不機嫌な美少女」の姉と

「いつもゴキゲン」なわたしなんだから

これは姉に言うべきセリフだったのじゃないだろうか。

あ、あの怒ったような言い方はわたしを慰めていたんだ!

なーんだ!

「あなたは顔はアレだけど愛想が良いからなんとかなるわよ」ってことだったのね。

と気づいたときは既にオトナになっていたの。

ああ、良かった。

僻みっぽい女の子にならずに済んだわ。

まあ、それは置いといて、明るい性格だけれども家の中で昼寝をしたり、本を読んだり絵を描くことが好きだった。

年中女の子の絵を描いていた。

そ、ひらひらドレスに縦ロールのお姫様。

ポイントは勿論、目の中の星とながーい睫毛よ。

そうよ。女の子が「可愛くなる」には睫毛が必要。

そのことに気が付いたころにはくせ毛だったわたしの髪もくるんとしていたはずのわたしの睫毛もすっきりと真っすぐになっていた。

「これじゃあ可愛くない!」

そうよ。くるんとした長い睫毛が女の子の証。

ミニーちゃんだって、スヌーピーの妹だって、女の子の証に睫毛がくるんとしているもん。

小学校3年生の時には、わたしは既にビューラーで睫毛をカールしてから登校していた。

この意識の高さを誰か褒めて!

同じく3年生の時、一人で留守番の日には早速資生堂のパックをして美肌に磨きをかけていたんだけれどね。

あの白いパックよ。

運悪くデパートの配達が来ちゃってね。

もう、どうしようもないから、新聞で顔を隠して応対したわよ。

子どもの浅知恵よね。

話かわるけど、母、亀子は長く黒々とした睫毛だった。

眉毛も放っておくと一本に繋がるほど黒々としていた。

化粧をする亀子を観察すると、アイラインを跳ね上げるほど濃くひいてからマスカラを塗ると、目元だけは芸能人風になっていた。

 

わたしは早く大人になって、跳ね上げるアイラインをひき、マスカラをたっぷりと塗りたかった。

目出度く高校を卒業して、地元の「象屋」という化粧品屋で資生堂の化粧品一式を揃えて貰った時には

「これでわたしも可愛くなれる」

と、胸が文字通り高鳴ったものだったわ。

でもね、可愛くならなかった。

父親似の薄い眉と睫毛のわたしは、「可愛い顔」になれなかったの。

この日からわたしの睫毛への飽くなき探求の旅が始まったわけよ。

市販の睫毛美容液は殆ど試したと思う。

メイ・ウシヤマカーレンハリウッドから始まり(昭和8年発売のロングセラーよ!)

「卵の白身を塗ると良い」「椿油を塗ると良い」「睫毛の毛先を切ると伸びる」

全てに騙されて敗北してきたわけ。

デパート勤務時代は、睫毛に白い繊維を塗り、マスカラを付けてから、禿げ頭にパッと振りかけると髪が増毛できる黒い繊維を載せてからまたマスカラを塗るという、まさにひじきのような睫毛にしていたわよ。

子どもは

「お母さん、特殊メイクをしているの?」

と笑ったけれども気にしない。

「マスカラ星人なのよ」

と平然と言うわけよ。

ああ、あの頃貧乏な家計からどれだけ睫毛にお金をかけていただろう。

 

たまに「無駄に睫毛の濃い男性」を見ると

ああ、この人の睫毛をわたしに移植できるのならが100万円払うわ!と熱い視線で見つめちゃうわけ。

ほら、身長一センチに1000万円払いたい男性っているじゃん。

いないか。いやいるわよ。

〇村拓〇とか、孫〇〇とか、フ〇ヤとか。

「金はあるんだ!身長売ってくれ!」って思っているはずよ。

わかる、わかるわよーー!

わたしもその気持ちよ。

 

 

「まつエク」っていうものが登場した時には鼻息荒く飛びついたわよ。

これでわたしもミニーマウスもびっくりの睫毛くるんの女の子になれるう!(オバサンだけどね)

出来上がりを見て歓喜よ。ああ、この長い睫毛。

手鏡を見てはうっとり、姿見を見てはうっとり。

ご飯を食べていても、本を読んでいてもすぐに鏡を取り出しては睫毛を見て鼻の穴を膨らませるの。

長年憧れてきた「長い睫毛の女の子」についになれたわ!オバサンだけど心は女の子。

ホントは「長いエクステをつけたオバサン」なんだけどね。

でも、幸せな時間は驚くほど短かった。

朝起きると枕に落ちているる睫毛。

いや睫毛じゃなくてエクステ。

禿げのオジサンが枕カバーに落ちた髪の毛を見て驚愕するっていう気持ちがわかった。

「ぎゃーーー!抜けてるうう!」

「操、抜けてるんじゃなくて取れてるんだよ」

と冷たく言う息子。

睫毛がとれないように、細心の注意を払って暮したつもりだったのに一週間もすると殆どとれてしまった。

そして怖ろしいことにエクステがとれたわたしの本来の睫毛は「YKKのファスナー?」というくらいに短くなり、蜘蛛の糸のように細くなっていた。

 

しょぼい目元でしょんぼりと暮し、睫毛が生えてくるとまたまつエクに行く。

そしてすぐにYKKに戻る繰り返し。

 

今は?

それがねえ、睫毛に対する執着がころりと落ちたの。

老眼になっちゃってね。

睫毛が良く見えないのよ。

あんなに恋焦がれていた長い睫毛だったのに。

それと同時に特殊メイクと笑われた厚化粧もすっかり止めちゃったわよ。

そして、お化粧してもしなくてもそんなに暮し向きは変わらない。

モテないのも同じ。

いままでわたし何してたんだろ。

 

追記

とは言え、高須クリニックのホームページで

「睫毛移植」の記事をつい見てしまうわたし。

100万円かああああああ。

 

 

 

 

 

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