みさ日記「怖いもの」

●怖いもの

子どもの頃は物凄く怖がりだった。

 

玩具を出しっぱなしにしていると、母に

「もうすぐお父さんが帰ってくるんだから、叱ってもらうからね!」

と脅されると震えあがって片付けた。

蠅も蜘蛛も怖かった。

土に触るとバイキンが身体にはいるし、草むらを歩くと「蛭」が身体に入って死んでしまう。

タンポポの綿毛が耳に入ったときには「つんぼ」になってしまうと絶望した。

日が落ちてから外に出ると鬼が来るし、口笛を吹いたら「悪魔」が来ると聞いていたのにうっかり口笛を吹いたあとで(その頃毎日口笛の練習をしていたので)恐怖のあまり眠れなかった。

「袋を持ったオジサン」が外遊びをしている子どもを物陰から見て攫おうとしているとも言われた。(これはいわゆる拉致のことだったのかしらねえ)

妖怪人間ベムベラベロは勿論見なかったし、うっかり隣の佐藤さんの家に遊びに行って「ゲゲゲの鬼太郎」が始まった時には

ゲ、ゲ、ゲゲゲで走って家に帰った。

週刊少女フレンドの「蛇少女」のページは目に触れないように予め母にホッチキスで止めてもらった。

夜はひとりでトイレに行けない。

だって、ぽったんトイレから手が出てくるって言われていたんだもん。

毎日怖いものだらけでビクビクしていた。

家の中に蠅がいるのをみつけると「虫がいるー!」と騒ぐ。

母が

「なんだ、虫じゃなくて蠅でしょ」というけど、蠅は平気で虫はダメなのかわかんないよ。

あの「ハエとりリボン」という世にも恐ろしいものがあって、親戚のおにいちゃんがふざけてわたしを抱っこして「ハエとりリボン」に近づいたときのあの恐怖。

部屋の中でうっかり銀蠅を踏んでしまってから、常につま先で歩いていた可哀そうなわたし。

しばらくしてから父が

「操はどうしてそんな変な歩き方をしているのか?」と気づいて亀子のことを

「お前が虫を怖がるから子どもたちがこうなったんだろう」と叱ったらしく

後日亀子がサロン亀子の構成員に

「操のせいでオトーサンに叱られた」

と広めているのを耳にしてしまった。

「あ、怖がっていることは秘密にしなくてはいけないんだ」と思った。

怖い怖いはエスカレートして、「歩く時には右足から歩かなければならない」「レンガ敷の道は足をレンガからはみ出してはいけない」

「右手で触ったものは同じように左手でも触らなくてはいけない」と、自分だけのルールがどんどん増える。

でも、それを親に気づかれてはいけない。

ある時父が

「操は最近外でもつま先で歩いているけどどうしたの?」

と聞かれて、お父さんだけには言ってもいいかな。って

「あんまりぴょんぴょんしたら地球の裏側のブラジルの人に迷惑だと思うの」

と、打ち明けたときの父の顔。

きっと父はそのことを亀子に言わなかったと思うの。

亀子に知られたら、次の日のサロン亀子の格好の話題になって近所のオバサン達が大声で笑うもん。

小学生になると、ベレー帽を被った誘拐魔の「オオクボキヨシ」が怖くて通学時はドキドキしていた。

それなのに一人で細い道で凄く怖い顔のオバサンとすれ違うことになっちゃった。

「可愛い顔をしていたら誘拐されるかもしれない」と、できる限りのヘンな顔をした。(そ、安藤庵が写真撮るときにする顔ね)

家に戻って

「怖い顔のオバサンとすれ違ったからこういう顔をしたの」と母亀子とサロン亀子のオバサンたちに報告するとみんながお腹を抱えて笑った。

自分の身を守るために必死だったのにね。子どもの浅知恵の見本だよね。

ちなみにその怖い顔のオバサンは家の近所に越してきたばかりで、ご主人は「三田明」ばりのハンサムだそうで

「あの奥さん、顔は怖いけどいいひとなのよ」って亀子は笑ったけれどもそんなのわからないよ。

ごめんね。三田さんの奥さん。

 

悪いことをして地獄に行くのも怖い。

勿論オバケは超怖い。

だいたい死ぬのが怖い。

もしかして一秒後に強盗が来て殺されるかもしれない。

ああ怖いよおおお。

 

そのうち「日本沈没」「ノストラダムスの大予言」と、怖いものは次々と現れる。

 

 

 

なんだったんだろう。

 

お母さんになって、自分の子どもたちが平気で怖いテレビを観て笑ったり、夜のトイレも夜の口笛もなーんにも怖いもの無く暮らしているのを見て

「羨ましいな」とつくづく思った。

子どものわたしはどうしてあんなに大人に脅されていたんだろう。

タイムマシンに乗って仕返しに行きたいわよ。

あー、でも今の人ってテレビに脅されてない?

え、実は人って人を脅すのが好きなのかなあ。

 

 

いまのわたし?

もう、ぜんっぜん平気よ。

天災もウィルスもどんと来いだわよ。

子どもの頃に散々怖がってね、もう怖いの飽きたのよ。

そしてね、親しい人が亡くなる悲しみを乗り越えると

「ああ、人は寿命で死ぬんだな」って思える日が来たのよ。

でもねえ、あの頃のわたしみたいな怖がりの子どもが今の疫病騒ぎで、人に会うのも触るのも怖い思いをしてビクビクして暮らしているのかと思うと気の毒でならないわよ。

ちなみに、わたしが人生で最も辛いときに追い打ちをかけるようにカラスに襲われたの。

怖かったよーーー!

泣いて逃げたよ。

 

ところが今では庭にピッピたんのための餌付けを狙ってカラスが来るとね、デジュリドウをブー!って吹くの。

カラスが嫌がって逃げるわけよ。大発明よ。

窓際にデジュリドゥを立てかけておいてカラスが来るのを心待ちにしているわたしがいるのよ。

そうよ。暇人なのよ!

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