結婚したいの

離婚した時がまだ32歳くらいだったような気がするのだけれど、それから20年くらいずーっと

「結婚したい」

と、思っていた。

結婚生活をしている間は

「結婚したい」

とは思わなかったけど、その僅か10年間以外の自分の人生の殆どを

「結婚したい」

と思っていたことになる。

こんなに長く思い込んでいたのに一回しか結婚できないわたしって「引き寄せの法則」使えてないよね。

子どもの頃、明けても暮れてもお絵かき帳に、フリル、レース、リボンの女の子の絵を描いていた。

当時から不器用だったけど、レースやリボン、星の入った目を息をつめて描いていた。

その絵は「お姫様」もしくは「お嫁さん」と呼んでいた。

そうよ。

「お姫様」と「お嫁さん」

同一視していた。

ここがわたしの人生の道を踏み外す第一歩よ。

3歳で既に踏み外していたのよ。

 

本を読むことが大好きで、字が読めるようになる前から姉に童話を読んでもらいすっかり暗記していた。

白雪姫にシンデレラ姫、親指姫に眠り姫。

みんなお姫様で最後には王子様と結婚するの。

お姫様はお嫁さんにならないとハッピーエンドじゃないの。

ドレスに憧れて、ドレスを着るにはお嫁さんになるしかないと思い込んでいたのよ。

道を踏み外した後で階段も踏み外したって感じね。

そして、綺麗なドレスを着たお人形をいっぱい所有して、お人形さんと自分の境目が無くなるくらいに、お人形さんごっこを延々と続ける。

病的よね。

 

 

 

田舎町だもん

「子どもは家の中にいないで外で遊んでいなさい」

と言われて、そこらへんで泥だらけの虫まみれになって遊んでいる子どもはいっぱいいたのだけれども

母、亀子(仮名)は

「日焼けするから家の中にいなさい」

「泥にも虫にも触ってはいけない」

という親で、怠け者のわたしは家の中で本とお絵かき帳とお人形を相手に幸せに暮らしていた。

 

今ならわかるの。

洗脳されやすい子どもの脳に、余計な文字や決まりごとを染めつけないで、風や泥や草やカラスや蜘蛛と同一化したほうが、多分心は伸び伸びと育つのよ。

 

少女になる頃には、大安の日曜日には羽織袴の父と留袖の母が頼まれ仲人に出かけていた。

大きな引き出物をドンと置いて

「いやあ、今日のお嫁さんは可愛かったなあ。やっぱりお嫁さんは若いのがいい」

「今日のお嫁さんは美人だけど年取っていたから可愛くなかった。お嫁さんになるなら若いうちだな」

などと父が言う。

ドレスは何色でどんなデザインだったのか、ご馳走はどんなのかと尋ねても。

「ううん、白、いやピンクかなあ。お酌がどんどん来てご馳走は最初の一口しか食べていない」

だった。

ああ、若いうちに結婚しなくちゃ可愛くないんだ。

大好きなお父さんに

「可愛い」と言って貰うには若いお嫁さんじゃなくちゃダメなんだ。

亀子までいい気になって

「やっぱり25歳になると可愛くないわよね。24歳が限界よ」

と、たいして似合いもしない黒留袖を衣文掛けにかけながら言うわけよ。

 

 

 

姉が大学生になり、男友達にチヤホヤされて、そのおこぼれで高校生のわたしも可愛がってもらうようになると、母、亀子は

「みさおは勉強もたいした好きじゃないみたいだから若くて可愛いうちにお姉ちゃんの友達に貰ってもらったらいいね。ってお父さんと言ってるんだよ」

と、ぬけぬけと言い放った。

根性のある娘ならばここで

「親の言うなりになんてなるもんか」

と、突然勉強を始めたり、不良グループに頭を下げて盃を交わしたり、洗礼受けて布教の旅に出る場面なんだけどね。

「そうか。わたしの売りは若さだけか。急がなくちゃ」

と、短大を卒業したらさっさと結婚したのよ。

ああ、あの頃のわたしにマカバが活性化されていたらバイト掛け持ちしてお金貯めて会社を興していたんだけどなあ。

下野さん、わたしの人生に40年早く現れてくれていたらなあ。

 

結婚した時は嬉しかった。と、言うよりほっとした。

だって、これで

「結婚出来なかったらどうしよう」

という人生の最大の恐怖から逃れられたんだもん。

あ、最大の恐怖はもうひとつあってね

「お父さんが死んだらどうしよう」

だったの。

だからわたしが29歳の時に父が亡くなったんだけど、ちょっとほっとしたの。

「もうお父さんが死ぬ心配はしなくていい」

ってね。

わたしのことを無条件に可愛がってくれた父が亡くなってしまい、心の中のやじろべえががっくり傾き、それはもう戻らなかった。

父さえわたしを可愛がってくれたら、ぴょろ田さんに愛されていなくても平気だったんだけどね。

 

とっとと離婚して札幌に戻って来てすぐに

「ああ、結婚したい」

と思った。

だって、結婚することが究極の目標みたいに生きてきたんだもん。

そんなわたしに母、亀子は

「わたしの目が黒いうちは絶対に結婚させない」

と断言したんだけどね。

 

お勤めを始めたデパートの婦人服売り場には、週末になると夫婦連れが次々とエレベーターを昇ってくるの。

婦人服売り場を池のように、つがいの鴨がスイスイ泳いでいるみたい。

幸せそうなのも、そうでもなさそうなのもいる。

美人の奥様にがったり冴えない夫だと「医者か弁護士かな」と思う。

老夫婦が揃ってカツラ被っていると「アデランスに夫婦割引あるのかな」と思う。

この鴨さんたちつがいの相手を間違えたりしないのかしら。

傍から見るとどれも代わり映えしないよね。

なんて思った直後に涙が溢れそうになるのよ。

ああ、このつがいの鴨たちみーんな結婚しているんだ。

あの人もあんな人もしているんだ。

でも、わたしは結婚市場から弾かれたハネモンなんだ。

と切なくてたまらなくなるの。

この気持ち、わかる人いるかなあ。

たまの休みに子どもたちと母亀子と街中に出かける。

「ブライダルフェア」なんてのをやっていると、必ず駆け寄るの。

「わああ、素敵。ねえねえ、わたしどれが似合うかなあ」

「わあ、新婚旅行。今度はヨーロッパがいいなあ」

亀子は、渋柿でも食べたような顔をして

「こんな年齢になって、子ども3人もいるくせによくそんなこと言うわ」

と声を荒げるわけよ。

すると長男の長太郎が

「おばあちゃん、仕方ないよ。結婚したいっていうのはみさおの遺伝子に組み込まれちゃっているからどうしても反応しちゃうんだよ」

と慰めているの。

小学生に自分の遺伝子の中身を見透かされた恥ずかしさ。

 

あれ、わたしどうしてこんなに結婚したいんだろう。

子どもと4人暮らしって、いわゆる「オンナコドモだけの家庭」

亀子が言う。

「男の人がいないってわかったら泥棒が入るかもしれないから、玄関にお父さんの靴を並べておいたほうがいい」

初登場なんだけど、亀子の姉の豆子おばちゃん(仮名)が更に言う。

「極真空手の道着をベランダに干しておくと、泥棒が来ないらしいよ」

あああ、わたしんちはオンナコドモの家だから、どこかで泥棒が狙っているんだ・・・。

結婚したい。

大山倍達みたいな人がいい。

泥棒でも牛でもやっつけてくれる人と結婚して安心して暮らしたいよ。

 

運動会の日にまた凄く結婚したくなった。

子どもの晴れ姿をカメラやビデオ映そうとしても、カメラマンのお父さん達の鉄壁にさえぎられるのよ。

悲しいかな、女の力と身長では、三脚や踏み台使ったお父さんたちには太刀打ちできないの。

「ああ、結婚したい。写真撮影が上手で背の高い人がいい」

 

子連れ出戻りとして、新札幌界隈に突然現れたわたしに

「結婚してくれ」

という男性も

「息子の嫁に」

という人もいなかった。

当たり前か。

だから、地下鉄で向かいに座ったしょうもないおっさんが薬指に指輪をしているのが目につくと

「ヘン、喜んで指輪しやがって。鳩の足環みたいなもんだわ。飼われている証拠だな」

なんてすんごく意地悪に思うわけ。

 

そんなわたしがどうして不安じゃなくなったかと言うとね、子どもたちが成長して、わたしの背丈を追い越して

ある時、庭で長男の長太郎と喋っていたら近所の奥さんが

「あら、遠くから見たらご夫婦かと思った」

って言ったのよ。

「ああ、これで泥棒に母子家庭だとばれない」

と安心したの。

 

そして「お母さん」と呼ばれていたのがいつのまにか「みさお」になり、わたしの分のお弁当を作ってくれるようになり、美味しい晩御飯を作って待ってくれるようになり。

わたしは子ども3人にとても優しくしてもらったの。

帰りの地下鉄で、ヘンな男性に付きまとわれて以来、遅番の時には三男の甘三郎が改札口で待ってくれるようになった。

親戚の男性に意地悪されたときにも3人で庇ってくれた。

 

55歳の今、わたしは

「結婚したい」

って全く思わなくなった。

どうしたんだろ。

目端の利く泥棒は、子ども3人の母子家庭なんて家の中に現金があるわけないってわかるよね。

危険を冒して泥棒に入るのならば、資産家の一人暮らしのおばあさんの家を狙うよね。

どうしてそんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。

どうしてあんなに怖がってびくびく暮らしていたんだろう。

カメラマン代わりのお父さんがいても、もう運動会に行くこともないし、あの頃苦労して撮った写真も整理整頓のできないわたしは引き出しの中でごちゃごちゃよ。

 

お姫様になることと、お嫁さんになることは全く違うことで、全ての苦労や面倒事がお嫁さんになったら無くなるなんてのは大嘘で、わたしが一番苦労したのは結婚生活の10年ちょっとだった。

あの頃の親たちはどうして娘をお嫁さんにしたがったのだろう。

昭和30年代に生まれた女の子だったら

「そんなことしていちゃお嫁に行けないよ」

って一度や二度は言われているよね。

わたしは百回くらい言われた。

 

憑きものが落ちたように結婚願望が消えたのだけれど、お姫様願望も無くなったのか?と言うと恥ずかしながらまだある。

ひっさしぶりにディズニーアニメの「アラジン」を見ちゃってね。

アラジンがジャスミンに

「僕を信じて」

っていう場面で胸が甘く痛んだわ。

ちなみに日本語吹き替え版だからね。

アラジンの声は羽賀研二だからね。

みさお、騙されちゃだめよ!

ディズニー繋がりで、わたしは「美女と野獣」がとても好きなんだけどね、

王子様に戻る前の野獣がとても素敵に見えるのよ。

あの逞しい野獣のような胸に抱かれたい。って、野獣なんだけどね。

暗い古城で野獣と暮らして痴話喧嘩して

「あなたってケダモノみたい!」あ、ケダモノなんだけどね。

何て延々と想像するわけ。

そうよわたしは暇人なのよ。

7年くらい前かな、仕事辞めてぶらぶらしている時に大学院に通う長太郎に

「みさおちゃんは本当は何になりたかったの?そしてこれから何をしたいの?」

と聞かれた。

息子にこれからの生き方を問われたんだよね。

「・・・・・・みさおはお姫様になりたいの」

多弁の長太郎も絶句したね。

 

オバアサンがバッグからひらひらのパンティを取り出すのを見てぎょっとしたことない?

実はポケットティッシュのカバーなんだけどね。

そんなオバアサンの家に行くと、テーブルセンターからトイレの蓋までひらひらしている。

ふた昔前だったら電話もドアノブもひらひらパンティはいたみたいになっていた。

白髪をお団子にして

「それはドアノブカバーを流用したのか?」

というひらひらを被せている。

お姫様願望をこじらせてここまで辿り着いたんだよな。気持ちはわかる。

わたしもこのままで行くとレースひらひらばあさんになるのかもしれない。

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