みさおのデパート物語① 研修って何するんだろ。

 

前回までの話

離婚して子ども3人連れてすってんてんで札幌に戻った。

就職したくてもどこも雇ってくれないの。

食い詰める危機を脱するために「経験者です」と嘘をついて婦人服メーカーに就職しちゃったよ。

突然都内某百貨店で3日間の研修を受けることになっちゃった。

自慢じゃないけどわたしは中学生の時にミシンで指を縫って失神した女よ。

あやとりでは川もできない女なんだってば!

ド素人の中でも選ばれしド素人のみさおどうする!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

●仙骨町(仮名)のデパート

仙骨町のデパートでの研修のことは殆ど忘れている。

かろうじて憶えているのは

従業員出口で当日売れ残ったケンタッキーフライドチキンが売っていたこと。

(それにしてもわたしはその3泊で何を食べたのか全く記憶にないの。こんなに食いしん坊なのに)

トイレに入ったらお水をジャージャー流す音を発生させる装置がついていて(生まれて初めて見た)

トイレに「おりひめ」っていうのがあるんですね。さすが東京ですね。と言ってしまったこと。

(実は「おとひめ」だった)

研修っていうから

「二宮金次郎の衣装で駅前で演説をする」

とか

「ハッピに鉢巻きでワッショイの掛け声でランニングをする」

とかするのかと思っちゃった。

いやあ、バブル前後ってそういう会社があったんだって。

ホントだって!

 

研修とはド素人のわたしをその日からデパートに立たせて接客をさせるというものだった。

あ、ド素人っていうのは秘密なんだった。危ない危ない。

まずは透明のバッグを買う。

デパートでは透明のバッグに私物を入れて持ち歩くのよ。

万引きしてませんアピールよね。

隠語も教えて貰う。

トイレは一番休憩は二番バックヤードは三番てな感じ。

鱗が出たは返品になった。ってこと。

蛇少女じゃないよ。

△マークがウロコだからなんだってさ。

ヘンなの。文句言ってる場合じゃない。

教えてもらえるのは、この程度。

店長のほかに主婦パートの方が2人いて、親切だった。

そのうち一人は何故か東北訛りで、仙台で暮した10年以上の期間東北弁に親近感を持つことはなかったのに、心細いこの場所で聞く東北弁はあったかいぞ!

夕日に向かって「おっかさーん!」

と叫びたくなるぞ。

おら、おら頑張るだ!

 

かすれ声の店長が「太い客」(身体も買いっぷりも太い)

に接客を始めると、東北弁のパートさんが

「ほら、ヤシマさん店長の接客を盗むんだ」

と親切に教えてくれるけど、そんな余裕はない。

不器用な手つきでセーターを畳みながら横目で見るなんて芸当、わたしにはできないよ。

そもそも、そんな余裕ないってば。

朝から立ちっぱなしでふくらはぎは攣りそうになっているし。

デパートの乾燥した空気で爪は欠けるし髪は静電気で逆立っているんだってば。

 

最後の日、かすれ声の店長は目に涙を溜めてわたしを抱きしめてくれた。

二人のパートさんも感極まって泣いていた。

 

今ならわかる。

わたしのこの先を思うと気の毒で泣けたのだと思う。

わたしを採用した営業の今期の勤務評定を思っても泣けたはず。

わたしを引き受ける札幌のショップの皆さんの苦労の計りしれなさを思ったのよね。

わたしだけがことの重大さにまだ気づいていなかったの。

気づいていたら逃げ出してるってばー。

 

 

札幌に戻った翌日からホントに働きだすの。

疲れているようないないような。

緊張しているかもわからない。

前夜、子どもが

「僕も一緒にお店に行って、お客様にこれいいですよ。って言いたい」

と真剣な眼差しで言ったわよ。

心配かけてごめんよ。ダメなお母さんだよね。

でも、頑張る。

デパート店員の収入のみで子ども三人を大学まで行かせるって、壮大な夢のような気がするけど…。

き、きっとなんとかなるよね。

 

●①デパート

最初に配属されたのが①デパート。

仮名よ。

一番目に働いたデパートだから①デパート!

街の真ん中にある老舗だってば!

深く詮索しないで!

初日、薄暗いロッカールームに案内されて自分の荷物をぐちゃぐちゃと押し込み、はいらなかったお気に入りの赤い長傘をロッカーにひっかけて置く。

10分後にロッカーに戻ったらもう盗まれていた。

泥棒がいるんだよね。

ホント幸先悪いスタートだったわ。

朝礼で売り場マネージャーから新人ってことで紹介される。

興味津々で周りに人が集まってくる。

「どこから来たの?」

「ハイ!仙台から来ました」

早速店長に注意される。

「どこから来たの?はどの店から来たの?って意味なのよ」

ってね。

そんなのわかんないもんね。

仙台から来たっていうか、新札幌の実家から来たんだってば。

 

店長は秋田美人の元ヤンね。(秋田さん)

店員その1は秋田さんに心酔してイチの子分を自称している大柄。(大政さん)

店員その2は小太りで妙に色っぽい(小政さん)

 

まずは電話応対を教えられる。

「ハイ!ありがとうございます。①デパートアンドレショップ(仮名)ヤシマでございます!」

ってね、明るく元気にね!

ところがアンドレショップの向かいには大型の高級店「オスカルショップ(仮名)」があるわけ。

全員が殺気立った大声で、常に一人は店の前で「オスカルでございます」と声を上げ続けている。

桃太郎のように小柄で大声の店長が現在の売り上げ額を叫ぶ

「現在33歳8か月です!」

これ33万8千円ってことね。

その日の目標額に行かない場合は店長が大声で叫ぶ。

「大丈夫だよ!身内枠があるからね!」って。

そ、閉店後に店員が自腹で買うんだよ。ひー。

桃太郎店長の店員の扱いは、行ったことがないけど例えるならば銀座のクラブのよう、もしくは〇93のようで、二番手の副店長がつまりチーママで嫌われ役をするの。

しょっちゅう若手を店の陰でシメている。

泣き出す若手を桃太郎が爽やかな笑顔とダミ声で慰める。

「気にするなよ!」

ってね。

ほら、飴と鞭。

開店と同時に始まる

「オスカルでございます!」

の連呼を聞いているうちに自分の店の名前を忘れちゃって、電話が来たらつい

「ありがとうございます!①デパートオスカルショップでございます!」

って言っちゃったよ。

あ、あの可哀そうな営業からの電話だったんだけどね。

絶望しただろうなあ。

 

まだまだ続くわよー。

 

 

LINEで送る
Pocket