みさ日記「お正月」

●お正月

子どもの頃は田舎のフツーの家だけれど、やっぱりお正月らしいお正月だった。

年末に母、亀子がせかせかと動き出す。

毎日遊びに来ている「サロン亀子」の構成員たちもこの時期だけは各家庭に戻ってちゃらっと働くのだろう。

 

どんどん届く新巻き鮭を大きいまな板で出刃包丁で切る亀子。

お歳暮が奥の部屋に積み上げられる。

毎年300件を超えるお歳暮はハムハムハム紅茶紅茶酒酒酒酒みかんみかんりんごりんご新巻き新巻き新巻き。

寒い奥の部屋が物置になる。

あの時期父母はどこに寝ていたのだろう。

広くもない部屋が倉庫状態になっていた、ミカン箱とリンゴ箱の間で寝ていたのかなあ。

今じゃ考えられない収賄大好きの時代だったのねえ。

 

わたしはおせち料理が苦手だったの。

冷めた料理が苦手。

和食が嫌い。

作り置きのものが嫌いなの。

味の濃い煮ものも伊達巻も黒豆も全部嫌いで、せいぜい海老とローストビーフをつまんで終了。

具だくさんのお雑煮も苦手で、「永谷園のお茶漬けの素」でお雑煮にする方が10倍美味しいと思っていた。

母、亀子がそんなわたしよりも

「やっぱりよその家の黒豆よりもお母さんの黒豆が美味しい」

という姉のことを可愛く思っても仕方ないよなあ。

今ならわかるぜ。

ちなみに姉が好きな亀子特製の黒豆は、「豆がふっくらと煮あがって」いない。

カチカチと歯に触る硬さの黒豆なの。そんな硬い黒豆が毎年出てくる。

ん?そんなの食べたことある?

わたしオトナになって自分で黒豆を煮て

「なんて美味しいんだろう」

って驚いたもんね。

多分「王様のデザートを作るのに失敗してミルフィーユにした天才菓子職人の逸話」的な経緯で作られた亀子の黒豆なんだと思うんだよね。(つまり失敗して硬くなったけどこれでいいや。っていう感じね。)

違うところは硬い黒豆は、姉以外にはあまり人気がないってこと。

 

そんな少女時代から時間が飛んで、結婚している頃は省略ね。

暗いのよ。嫁時代の話は。

離婚して、デパート勤めを始めるとクリスマスも大晦日も仕事だった。

クリスマスと大晦日の間って一週間もないのよね。

この忙しい時期に2回ご馳走を作るのはかなり大変な作業だった。

この頃のわたしはやっぱり「フツーの両親が揃った家庭」に引け目があったのよね。

一年の情熱をかけてご馳走を作りまくったの。

勿論嫌いなおせちは作らないのだけれど

「食べたいもの」「食べてみたいもの」「死ぬと決まったら思いっきり食べるもの」

を作りまくる。

山のようなエビフライ。大皿てんこ盛りのたらこスパゲティ。大皿ピザ。牛タンを肉屋で一本買ってきて作る牛タンの塩釜蒸し。皿から溢れんばかりの春巻き。厚く切って出すローストビーフ。

何故あんなに頑張ったのか。

今ならわかるのよ。

他の家庭に負けたくなかったの。なんだそりゃ。

クリスマスもお正月も仕事で家族と過ごせないことが悲しかった。

他の家庭が普通に出来ることが出来ない自分が辛かったのよねえ。

食べ物だけでは負けたくなかった。

発想が貧乏くさいぞ。みさお!

と昔のわたしに言いたいわよ。

辛い時代もそんなに長くなくて、気が付いたらわたしは南インド屋のおっかさんになった。

でもね、わたし昨年まではお正月が嫌いだったのよ。

だってね

「新しい時代が来た」

「本質を知る時代」

「魂に正直に生きる時代」

なんて普段は耳にしているのだけれど、年末年始になったらあれれれれ

みんな実家で年越しするのね。そして嫁いびりや孫自慢や酒飲みすぎで転んで足折るのね。

紅白見てから地元のダチと初詣行くのね。おみくじひくのね。

そして年賀状眺めて初売りに行くのね。

なーんにも変わらないんだ。

なーんだ、みんな変わらなくていいんだ。って嫌になるの。

デパートのバカ高いおせち買うお金があったら好きなもの食べたいな。って思わないのかな。

紅白歌合戦って面白くないよね。って誰か言わないのかな。

人混みに押されて初詣してホントにご利益あると思ってるのかな。

ってなんだかみんなのことが嫌いになるの。

「日本の伝統」っていうけどさあ。

おせちを食べ始めて何年だろうね。

1000年は経ってないんじゃない?

それを言うならペットボトルの緑茶飲むのを止めて、キチンと急須でお茶淹れろよと思うのよ。

 

ま、そんな感じで昨年までは

「フン!何が伝統よ、何がおせちよ」と一人憤慨していたのだけれど今年は違ったわ。

みさお偉いわ。大人になったんだわ。

元旦の朝、雪の庭を見て思ったの。

ああ、お正月らしいお正月を迎える資格のある人とは、豆まきも、盆踊りも、お中元お歳暮も町内会のゴミ拾いもちゃんとこなして、週に5日は朝から晩まで働いて、親孝行に孫孝行を尽くす方たちなんだ。と。

夏には暑中見舞い、冬には年賀状、親が死んだら喪中欠礼を出す人なんだわ。と。

 

つまりわたしはどれにも当てはまらなくって。

当てはまらないわたしは、ひっそり家の中で買いだめた大平原を食べてお正月が終わるのを待つことにするわ。

 

 

 

 

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