●こんにちはー!
わたしはいわゆる愛想の良い女。
出先で知ってる人に出会うと嬉しくなって声をかける。
小学生の時に三歳年上の姉を学校で見かけるともう嬉しくて
あーーー!おねえちゃーーーん!と手を振ったものだ。
よく考えたら3時間前までは同じ家にいて3時間後にはまた同じ家に戻るのにどうしてあんなに嬉しかったのだろう。
気質が犬なのだろうか。
今日も街中で知っている人に会った。
あ、知っている人だ!と思って嬉しくなって満面の笑顔で
こんにちはああ!って声をかけた。
実はお店をやっている時に4回くらい来た方で全然親しくない。
それどころか、ちょっぴり嫌な目にあったこともある人だった。
それを全て忘れてただただ知っている人だ!と思った瞬間に嬉しくなって駆け寄って声をかけるわたしってヘンよね。
しかも悲しいことに人違いだったの。
瞼がちょっと腫れた感じの目元が記憶にあっので、その人だな!と思ったんだけどね。
●わたしんちの雀
高校生の頃、父が庭で雀に餌付けを始めた。
父とわたしは動物が好きなのだけれど、母、亀子と姉が動物嫌いなので家では飼わなかった。
父が職場の大工さんに立派な餌付け台を作らせて早起きの父が毎朝お米を置くの。
早起きの父より早起きの雀は電線にも向かいのお宅の屋根にもびっちり止まって待っている。
ふっくらした身体でぎゅうぎゅう詰めになって待っている姿は可愛くて見飽きない。
学校から戻ると夕ご飯はわたしが台に載せる役目で
「雀が待っているから早く帰らなくちゃ」とウキウキとお米を載せると
来た来た来た
お向かいのトタン屋根の上に雀が鈴なりに停まって横一列にザ、ザ、と降りてくる。
こう見えて一人でいるのが好きなので、家の中で本を読みながら雀を見ているのはちょうど良い過ごし方だった。
ある時教室でぼんやり外を見ていたら窓際に雀が止まった。
ああ!来た!
隣に座っている男子に
ね、ね、わたしんちの雀が学校まで来たみたいなんだよね。と嬉しくなって教えたら
呆れたような顔をして
「八島って本当にバカなんだなあ」
と呟いた。
失礼だわ、と事の次第を父に教えたら
「そうだなあ、操のことを見に学校まで行ったのかもしれないなあ」
と言ってくれたわ。
でもね、雀との楽しい暮らしは意外と短かったの。
朝早くからトタン屋根に雀の大群が止まることに耐え切れなくなったお向かいさんが、庭に忍び込んで特製の餌付け台を壊したのよ。
あんまりだわ。と、思うけれどこれ気の荒い国民性だったら殺人事件に発展する案件よね。
●帰ってきた黒井さん
今日は朝から忙しい。
コーヒーをすっと飲んだだけでずっと働いている。
南インド屋のスパイスを発売したので嬉しいことに注文をしてくれる方々がいるの。
その日に作って発送する。っていうクレイジーな考え方の壮二郎。
部屋中スパイスの香り。
わたしは長袖のエプロンにほっかむりにマスクに薄いゴムの手袋にハズキルーペ。
こっそり誰かと入れ替わってもわかんないよ。この格好じゃ。
だいたいろくに口も利かない。
それどころか息をずっとつめて作業しているんだもん。
スパイスの製作は壮二郎だから、出来映えは大丈夫なのだけれどねえ。
容量をきちっと計ってきちっと閉めてきちっと空気を抜いてきちっと紙を巻いてきちっと荷造りする。
この「きちっと」が苦手なまま56歳になったのに、ここに来てまた自分のダメぶりを目の当たりにするって切ない。
壮二郎も辛かろう。
注文の数を数える、出来上がりを仕分けする、平らに詰める。
全てやり直してるんだもんね。
世の中の人は我が子のためなら頑張るんだろうけど、母親の後始末をするってホント可哀想。
怒ったからって上手に出来るものじゃないとわかっているから怒らないんだよねえ。
黙々と働いていると佐川急便が来た。
黒井さんが戻って来た。
え、まだ修理に出して3日しか経っていないのにもう戻ってきたの?
手に負えないからって返されたのかな?と開けてみたら、要するに中身を総取替えしたみたい。
ガワだけは黒井さんのまま。わたしの指紋ががついたままだもん。
普段なら、わー!早い!わー!戻って来た!と大歓迎する場面なのに
よくよく運のない女よ黒井さん。
あ、直ったんだ。と確認したら部屋の隅に追いやって作業再開。
あとで歓迎会するからな。と心にもない言葉をかけておいたけど。
だって忙しいんだもん!
こんな日に戻って来る方が悪いんだってば!