町内会の女王(老人部門)

わたし 52歳 母亀子(仮名)80歳

 

母、亀子は人呼んで「町内会の女王」(老人部門)

 

誰が呼んで、ってわたしがこっそり付けた仇名なんだけどね。

本人には言ってないの。

天狗になるから。

 

母、亀子の夢は

「段がつくくらいに鼻が高くなること」

なのよ。

鼻ぺチャなの。

離れた目はぱっちりしていて睫が濃い。

自分では「卵形」と言い張る丸顔。

小太り。手足は勿論短くて、細い。

つまり、もてるタイプなのよ。

 

54歳で未亡人になり、出戻り娘が連れて来た三人の孫に手がかからなくなってから

人生最後のモテ期が始まったの。

 

老人会にパークゴルフ、日帰り温泉に詩吟教室。

「亀ちゃんがいると場がぱっと明るくなるもな」

「そうだ、亀ちゃんがいないとお通夜みたいだもな」

老人達は、恐ろしげもなくお通夜ネタを使う。

こっちがハラハラしちゃうくらいに。

 

実家にいると、どんどん電話がはいる

わたしが出ても耳の遠い老人はわたしを亀子と間違えて喋り続ける。

「亀ちゃん、うかれ太鼓←お店の名前 にいるんだ。出ておいでよ。タクシー迎えにやるからな」

「あ、亀ちゃん二輪草のママです。今、山ちゃんとスーさんが来ていて、亀ちゃん呼べってうるさいんだわ」

 

亀子は「会いに行けるおばあさんアイドル」の座を手にしたようだ。

あちこちからお声がかかり、お茶を挽く間のない売れっ妓ぶりである。

亀子の売れっ妓ぶりに反して独身に返り咲いたわたしには全くお声がかからない。

わたしの姉は、その昔美少女と呼ばれたのだが、真正専業主婦として暮らしている。

姉の娘、仁恵にも浮いた噂は聞かない。

つまり、八島家の女性が受け取るはずのモテモテ養分もチヤホヤ光線も亀子一人が独占している状態なの。

 

亀子は町内おばあさん界の頂点として栄華を極めているようで

わたしは

「ああ、人って何歳になってもこんなに陽が当たることってあるんだ。」

と、感慨深い思いで亀子の栄耀栄華を見ている。

お人よしキャラの亀子なんだけれども、自分の地位を守るためには万全の策を練っている。

 

同じ通りに住む拓ちゃんのおばあちゃんは、細面の楚々とした元、美人なんだけど

亀子は決して詩吟教室にも老人会にも誘わないの。

詩吟教室が長引く内部抗争と老人集団の定めである「老人施設への入居」「病気発症」「虹の向こうへ」等

のために生徒が激減した時には、わたしにも詩吟を習えとしつこく迫った。

やだやだ、この齢で詩吟なんて習いたくないよ。ほら、ヒマそうにしている拓ちゃんのおばあちゃん誘えばいいじゃん。

すると亀子は

「あの人は美人で気取っているからダメ。」

と吐き捨てるように言う。

美人の拓ちゃんのおばあちゃんが詩吟教室に来ると自分の女王の座を脅かされるから誘わないのよ。

戦う以前に排除する。

策士亀子。

 

近所の大型スーパーに行った。

豚肉と長葱をカゴに入れていると

ん?なんだか視線を感じる。

混雑する店内で、誰かがわたしを凝視している。

もしかして・・・万引きGメン?

いやだわ。

わたし疑われているのかな。

「奥さん、警備室に行きましょう。」

って突然腕を掴まれたらどうしよう。

スーパー密着24時間に出演しちゃうかも。

アヒルの声に変換されて

「お願いです、主人には言わないでください。」ってやつね。

あ、主人いないけど。

そ、そんなことは無い。

気にしない、気にしない。

でも、やっぱり突き刺さる視線が痛いわ。

あ、豆腐売り場から、じっとわたしを見ているおじいさんがいる。

万引きGメンじゃないならいいか。

 

スーパーから出たら、詩吟教室帰りの亀子に会った。

歩きながら

今ね、わたしの顔をじーーーーっと見ている80過ぎかなあ。

おじいさんがいたんだよね。なんだろね。って教えたの。

母、亀子、ちょっと首を傾げて目をぱっちり開くキメポーズをして

「あら、それきっと亀寿会(老人クラブのこと)の佐藤さんだわ。

きっとあなたのこと、わたしと見間違えたんだと思う。詩吟に行ってるはずの亀ちゃんがどうしてスーパーにいるのかな。

って不思議がってたんだわ。」

80過ぎのおじいさんってだけで亀寿会の佐藤さんと決めつける名探偵亀子!

そして、亀子の捜査ファイルには、亀子と操の見かけは同年齢。って書いてあるんだな。

80歳と52歳を見間違うほどになったら、佐藤さん、一人歩きしちゃいけないわよ。

ちなみにわたしと母は身長だって10センチくらい違うんだからね。

 

苦々しい思いのまま、誘われてつい実家に寄った。

台所で何か食べるものはないかと探していたら、窓越しに隣の家のおばあさんが見えた。

よたよた歩いているなあ、と思いきや、どっしりと踏ん張って、大根を抜き始めた。

そう広くもない庭を几帳面に家庭菜園にして、大根を植えている。

母、亀子なんて、雑草一本抜くのも億劫がっているのに、

働き者なんだよね。

家庭菜園で大根抜くのにもわざわざモンペ履いて、手ぬぐいでほっかぶりするあたりは本格派だよね。

意外と、コスプレ好きなのかなあ。

ねえ、お母さん、隣のおばあさん働き者だねえ。

一生懸命大根抜いているよ。

って言ったら

母、亀子が顔色を変えた。

「何言ってるの!あの人おばあさんじゃないよ!」

ええええええええええ!

あの人おばあさんじゃないの?

ええっ、知らなかった。

お、おじいさんだったの?

女装でモンペにほっかぶりだったのお?

そんな凄いキャラが隣に住んでいたなんて、オイラ今の今まで知らなかったあ。

母、亀子はサルノコシカケ茶をずずずとすすりながら

「あの人、まだおばあさんって年じゃないよ。」

と、冷たく言った。

え、あのガニ股も、ほっかぶりも、モンペも「まんが日本昔話」に出てくるおばあさんにしか見えないのに。

い、一体あの奥さん(と、言い直した)何歳くらいなのお?

母、亀子、得意の首を傾げて上目使いになって

「ううん、わたしの1歳くらい上かなあ。」

って。

充分おばあさんじゃないのさ!

 

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