神様に借金

1995年3月

長太郎8歳 白二郎、甘三郎6歳 わたし32歳

三人の息子の親権だけはもぎ取るみたいに自分のものにした。

実家に戻るしかない。

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友人夫妻が格安で運送屋さんを紹介してくれて、夜逃げみたいに引っ越し準備をした。

 

離婚を決心してから約3年。

来る母子家庭に備えて用意したのは、共同購入会で買っておいたシーツ3色セット4パック。

あ、共同購入は夫の口座から引き落としだったから。

他に準備できなかったのか?

出来なかった。

 

サファイヤミンクやシルバーフォックスのコートなんてとっくに売り飛ばした。

結婚指輪は質に入れた。

 

元、夫は

「部屋にあるエアコンとテレビだけは置いていくように」

と、弁護士を通じて言ってきた。

大型の食器洗い機とデロンギのヒーター、乾燥機は友達にあげた。

そんなの実家では使わないもんね。

引っ越し当日に友人のご主人が来てくれた。

「操ちゃん、これも持って行きなさい。買おうとしたら高いんだよ。」

と、イナックスのシャワートイレをてきぱきと外して引っ越し荷物に入れてくれた。

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えええ、シャワートイレも持っていくのお?

ま、いいか。荷物に入れちゃえ。

ついでにシャガールの大きいリトグラフも2枚。

「魔笛」と「ロミオとジュリエット」

バブルで浮かれて買ったんだよね。

スポットライトギャラリーのお姉さんたら

「ロミオとジュリエットは夫婦円満の作品です」

なんて言ってたっけ。

今考えるとロミオとジュリエットって悲劇じゃないのさ。

全然縁起良くないでしょ。

2枚で100万円ちょっとしたんだよね。

元、夫のぴょろ田さん(仮名)エアコンとテレビって言ったもんね。

シャガールのこと何も言ってなかったよね。

持ってけ泥棒!あ、泥棒はわたしか。

と、どさくさに紛れて積み込む。

 

婚礼箪笥の3点セット(ヤマハ製)

婚礼布団セット(京都西川)

も一緒に出戻り。

子供達の自転車3台もトラックに積み込む。

 

運送屋のお兄さん3人組は、いかにもの東北の男性で、リーダーは大きく開けたシャツにふっとい喜平の金ネックレスをしているガタイのいい若者。

「そっちもってすけて」

と、ドスの効いた東北弁で喜平のリーダーが子分に指示する。

目つきが鋭い。

5年前までは学ランにリーゼントだったんだな。ってわかる苦手なタイプ。今はスッキリと角刈りね。

あ、喜平リーダー、わたしのこと嫌いだわ。

耐え忍ぶ女が好きなんだよね。

星明子、タイプでしょ?(飛雄馬・・・)

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わたしみたいに子供連れて家を飛び出す女に敵意むき出しにしてる。

引っ越し代金も友人夫妻がかなり値切ったしね。

シャワートイレまで持ち出す女、嫌いよね。

いいもん。

あばよ、この街。

 

3月28日にその街を離れた。

 

札幌に戻ったときの所持金は99万円。

これは

離婚しますと元夫のご両親に挨拶に行った時に金庫の中から出してくれた。手切れ金だよね。100万円。

かと思ったら何故か99万円だった。

今の私ならば

「一万円足りないです」

と、言いに行くんだけどな。

値切られたのかなあ。

4月1日に札幌市役所に転入届けを出しに行った。

時計台の前を通って見上げた札幌市役所が、わたしたちを暖かく迎えてくれた気がした。

きっとこの街でやって行ける。

根拠はないのだけれど、そう信じた。

 

4月2日は引っ越し荷物が実家に届く。

朝から捻り鉢巻襷がけのやる気満々で、老母と親戚のオジサンオバサンが集まってくれた。

子供達は、家の中を走りまわっている。

 

引っ越しでは役に立たないと定評のあるわたしだけど、今日は頑張る。

口しか動かさないわたしにさよなら。

身体使って働くわよ。

 

・・・・・・・・・・・・・ところが。

 

荷物がいつまでたっても到着しないの。

 

鉢巻も襷も外して座り込むお手伝い軍団。

 

軍団の冷たい視線に耐えかねて、電話かけてみました。

 

えええええええええ?

トラックがフェリーに乗り遅れただとお?

そ、そんなことってあるの?

まだ青森にいるってえ?

 

隣の部屋で待ちくたびれて座り込んでいる鉢巻軍団に何て言えばいいの?

 

・・・・・・・・・・・・わたしね、電話口で泣いたの。

「そ、そんなことってあるんですかあああ。

お手伝いの人頼んだんですよ。

離婚して引き揚げて来たんです。

わたし、これからどうしたらいいんですかああああ!」

って。

 

あ、泣いたのは声だけね。

だって、悔しかったんだもん。

喜平の兄さん、あんなに意気がっていたじゃん。

侠気だぜ、喧嘩上等じゃなかったわけ?

フェリーに乗り遅れたならさっさと連絡してよ。

青森の波止場に立ちつくす喜平の兄さんの姿が脳裏に浮かぶ。

霧笛の音聞いてるのかな。

何故かギターも背負っている。

それじゃ小林旭。

女の弱さなんか使わずに、男の人に負けないで生きて行こう!って決心したのはつい一ヶ月前。(離婚成立時ね)

だけどここは泣く(真似する)しかない。

泣き真似しているうちに、わたしは世界で一番不幸な女なんだって気持ちが盛り上がって来て

本当に悲しくなって来た。

天才女優、北島マヤってこんな感じなのかな。

 

そうしたらね、運送屋さん

「迷惑料金として七万円振り込みます」って。

 

嘘はいけない。嘘泣きもいけない。

いつだって神様の目をちゃあんと真っ直ぐに見つめる自分でいたい。

 

でも今は非常事態宣言出てるんだからいいもん。

バチが当たるなら当てて。

でも神様、16年待って。

子供達が大学卒業するまで待って。

 

後日振り込まれ七万円を確認して

「手に職もない、お金もないけれど、わたしやって行けるかも」

って思ったの。

あの時計台前での思いは勘違いじゃない。って。

 

あれからもう20年以上経った。

運送屋さんに嘘泣きしたバチは当たったのだろうか。

当たったような気もするけれど当たらなかったような気もする。

ただ、それから10年後の大晦日に七万円入りの財布を落としてショックで寝込んだ。

あれ、神様への返済期限だったのかなあ。

あの時の七万円をお返ししたのだとしたら、神様は利息もつけないで下さったのだから、やっぱりいい方だと思う。

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