お仕事したいの

1996年6月

長太郎9歳 白二郎、甘三郎6歳 わたし32歳

引っ越しが無事終了して、入学式も済んだ。

子供達は嬉々としてひばりが丘小学校に通っている。

そりゃそうだ。

長太郎、白二郎、甘三郎三人一緒だもんね。

怖いもの無しだ。

困ったことなんかひとつも無いよね。

困っているのはわたし。

仕事が無いの。

就職情報誌を買って来て、どんどん履歴書を送る。

不採用の通知さえ来ない。

もう何通出したかわからなくなって

多分同じところに2通や3通履歴書送ったね。

書類の管理できないから。

 

就職情報誌は近所の家族経営のセイコーマートで買っていたんだけどね

なんだかもう買うの恥ずかしくなってきて、坂道登って橋を渡ったところにあるローソンにはるばる買いに行ってるわけ。

いいの。暇なんだから。

当たり前と言えば当たり前なの。

狙っていたのは、9時から5時までで土日お休みの事務職。

でも、わたしが履歴書に書ける資格は普通自動車免許とお茶とお琴。

3人の子持ちで、事務経験ない人を雇うわけないよね。

わたしが社長なら断る。

仕事が決まらないから暇なの。

とりあえず身を寄せた母の家は2階にわたしの姉家族が住む二世帯住宅。

母も姉も忙しそうでわたしにかまってくれないから、仕方なくもう一人の暇人

姉の娘の四歳の仁恵(仮名)でもからかって遊ぶか。

仁恵は、赤ん坊の頃にわたしが

「ひとちゃん、大きくなったらみっちゃん(わたしのことね)がお金を出して整形させてあげるからね」

って語りかけているのを物陰にいた姉に聞かれて以来、どうも相性が悪い。

きっとお姉ちゃん、みっちゃんには気を許してはいけないって赤ん坊の仁恵に教えこんだんだよな。

ま、いいや。

今はお姉ちゃんも生協の宅配の仕分けしながら近所の奥さんとくっちゃべってる。

よし、チャンスだ。

ひとちゃ~ん。

あ、そ、ぼ!

愛想の悪い仁恵は黙ってわたしを見ている。

ねえねえ、ひとちゃん、みっちゃんが遊んであげようか?

仁恵、口も利かない。

ひとちゃん、みっちゃんがどうして札幌に来たか知ってる?

「・・・リコン」

あら、わかってるのね。

じゃあね、ひとちゃん、みっちゃんのホントの仕事を知ってる?

「・・・みっちゃんは仕事がないんでしょ」

キー!憎らしい。

違うんだよ。

みっちゃんは実は宝塚歌劇団を退団してきたんだよ。

ホントよ。

ほら、証拠を見せてあげる。

と、大声で「ベルサイユのばら」のテーマを歌い踊る。

「アンドレ!」

「オスカル!」

「愛、それは甘く、愛それは強く・・・あーい、あーい、あーーーーいーーーー」

一人でオスカルとアンドレの2役やってるんだから豪華版よ!

ひとり舞台で息があがった頃に姉が帰ってきた様子なので

「今日のところはこれくらいにしてやる」

と、言って部屋を出た。

しかし困ったもんだ。

仕事が無い。

やっぱりこんなわたしに事務職は無理なのかと方針を変えて販売職を狙ってみる。

ところがこれも全部ダメ。

ただ、事務職と違うのは面接までは行く。

でも、子供が3人かつ未経験っていうと、面接官の目が急に冷たくなる。

冷たくならない場合はセクハラだった。

「その若さで夫がいないと寂しかろう」とか、

「自分の店で働いたら一緒に旅行に連れていってやるよ」とか

まだ若かったわたしは、セクハラされていることも気付かずに

あら、社員旅行があるんですか?なんて聞き返した。

最後に婦人服の会社を受けたときには

もう、背に腹は変えられない。

仙台にいる時に同じマンションの一室でブティックをやっていたプランツ201の中野さん。

いつもあそこに入りびたっていたもんね。

「あらあ、操ちゃん、今日もプランツにご出勤ね」って言われていた。

つまり

「ブティックに毎日出勤していた。」

かいつまんで言うとそうなる。

そうそう、中野さんが転職の時の話をしていたっけ

「操ちゃん、履歴書持っていって、ワタシはこれくらい売れますからこれくらいのギャラをください。って言うのよ。

この世界はどれだけはったりをかませるかも実力なのよ。」

よし、わたし今日は中野さんを憑依させて面接に行くわ!

面接のオジサンがわたしに聞く

「服飾業界の経験は?」

わたしは真っ直ぐに目を見つめて堂々と言う。

「はい。2年間。プランツ201という店(に毎日遊びに)に行っていました。」

捨てる神あれば拾う神あり。

この神様はかなりうっかりしていたみたいでわたしは採用になっちゃった。

しかも「店長採用」なのよ。

お給料も思っていたより良かった。

採用決定の三日後には都内のデパートに3日間の研修。

ほら、店長だからね。

もう、引っ込みはつかない。

中野さん方式は予想以上に効き目があったのだ。

考えてみてよ。

一度も販売をしたことのない不器用なわたしがある日突然デパートに立つの。

ディスプレィを変えて。と言われても、マネキンの分解の仕方もわからない。

マネキンの頭をごろごろと通路に転がして慌てて追いかける。

接客だって初めてだもん。17号サイズくらいのオバサンにカーディガンを試着させようとしても

片腕も入らない。

針のムシロ。っていうやつ。

わたしを採用した人を見る目のない人事も針のムシロだったと思う。

「あの人といるとこっちがおかしくなりそう」って蔭で言われている。

でも辞めないの。

辞めるわけには行かないの。

辞めたら食べて行けないから。

離婚する時に

「神様、どんな苦労にも耐えます。子供を育てさせて下さい。」

って言っちゃったから、わたしはそれから10年以上デパート業界で苦労することになった。

過労で入院したこともある。

今、考えると神様にあんな約束しなければ良かったのだけれど、必死の真っ只中にいる時ってわからないのよね。

「神様、苦労なんか全然しないで子供を育てられるようによろしく。」

もしも今から母子家庭をする人がいたら、神様にはこう言ったほうがいいと思う。

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