仕事と膀胱

1995年4月  長太郎9歳白二郎、甘三郎6歳 わたし32歳

 

仕事見つけなくちゃならない。

息子達をなんとしても大学教育受けさせるって自分に誓って離婚したんだから。

働かなくちゃならない。

手に職は勿論無い。

自慢じゃないけど数字にはからきし弱いし、ワープロだって使ったことない。

持ってる資格はお茶とお琴。

いまどき役に立たないってば。

普通自動車免許持ってはいるけどね、これっていまどき持っていない人は珍しいくらいの標準装備で、

しかもご想像通り運転は下手よ。

何を隠そう、納車の日にヤナセの担当者の目の前で縁石に乗り上げてタイヤが裂けたのよ。

つまりエンジンかけて15秒くらいで破損。

知ってる?タイヤって裂けるの。

そのままレッカーされて行った。

悲しい思い出ね。

 

こんなわたしにいったい何が出来るの?

お仕事したいの。

の頃のもう一つの話。

 

「これ以上日焼けしようないくらい色黒なんだから、ゴルフ場のキャディさんいいんじゃない?」

姉に言われた。

そ、そうかな。

物凄く方向音痴で、ゴルフ場で迷子になったことあるんだけど、大丈夫かなあ。

気の短い社長さんたちに

「アイアン!」って言われてぱっと渡せるかなあ。

視力は凄く良くて、地平線にいるキリンが妊娠しているのもわかるんだけど、のろまなんだよね。

社長さんが打ったボール探せるかなあ。

池に落ちたのも探すんだよね。

見つけられなかったら社長さんに叱られるのかなあ。

池に落ちたボールを探してボールのように池に落ちる自分の姿がありありと目に浮かぶ。

へーえ。

冬の間はお仕事出来ないから、雇用保険貰えるんだって。

んじゃ、一年の半分だけ働けばいいのかな。

早起きは苦手だけれど、その分早く帰れるしね。

札幌の冬はおうちから一歩も出たくないんだもん。

おうちでぬくぬくごろごろ。

あ、違う。おうちで封筒貼りとか、水引しばりの内職したらいいんじゃない?

お、子どもたちに手伝わせれば四馬力じゃん。

できたら傘張りの内職がいいな。

江戸時代の浪人みたいで嬉しくなーい?

グッドタイミングでチラシが入って来た。

○○カントリークラブ。キャディ募集!未経験歓迎!

裏が履歴書になってるよこれ。

運命かも。

デスティニー!

 

え、お母さん(母、亀子のこと)のお友達の須藤さんのオバサンって元キャディさんなの?

今日遊びに来るの?

わ、グッドタイミング。

やっぱりデスティニー!!

話、聞く聞くうー!

 

パンチパーマの須藤さんのオバサンは、

開口一番

「あんた、今日何回トイレに行った?」

と聞いた。

 

えええっ。

朝からお昼までででしょ。

えっと、5回くらいかなあ。

 

 

須藤さんのオバサンは、フフン、と馬鹿にした顔をした。

「あんたそれダメだわ。キャディはね、トイレが近い人には出来ない仕事なのさ」

 

ええええっ、そうだったの?

 

須藤さんのオバサンによると、キャディさんはトイレに行くチャンスが無いんだって。

「膀胱の大きさが第一条件!もたもたトイレになんか行っていたら気の短いお客さんを怒らせるべさ。」と。

だから、お仕事の日は朝からお水を飲まないようにして、とにかくずっと我慢するんだって。

 

えーーーーーー、絶対に無理だわ。

暑いとお水飲み過ぎてトイレ近い、寒いと冷えてトイレ近い。

緊張するとお腹が痛くなってトイレに駆け込むんだもん。

 

方向音痴だけど、お出かけした先でのトイレの場所は動物的カンで見つけられるの。

任せて!

しかも忘れないのよ。

わたしね、ホノルルのカラカウア通りの綺麗なトイレ、どこにあるかわかってるのよ。

人生でたった二回しかハワイ行ったことないんだけどね。

ありありと思い浮かべることが出来るわけ。

普段は地図見てもぐるぐる回しているんだけどね。

わたし、生まれるときに神様にいただいたすっごく少ない方向感覚をトイレの場所把握に注ぎ込んだのよ。

 

 

須藤さんのオバサン、ありがとう。

日焼けの耐性が強いだけじゃキャディさんになれないのね。

申し込む前で良かったよ。

 

結局、デパートの婦人服店に就職することが出来、15年経った。

 

どうしても用事が出来たから代わりに出て!

と、頼まれて行った高級ホテルのワインを楽しむ会。

 

同じテーブルに、わたしのストライクゾーンど真ん中のジェントルマン。

こんな夫がいたらいいだろうなあ。

「小さい会社を4つ経営してるんですよ。」

って。

でもざんねーん。隣には色白の奥様。

奥様の指にも耳にもスタールビーが輝いているわ。

 

トイレで奥様と一緒になった。

厚化粧を直しながら、スタールビー奥様にインタビュー。

インタビューなら任せて。

若い頃、女梨本と呼ばれたわたし。

ゴシップ大好き!

スキャンダル大好き!

 

あんな素敵なご主人がいて羨ましいですう。どこでお知り合いになったんですか?

って。

トイレは女の情報交換の場所だからね。

ゲランの口紅を塗りながらスタールビー

「あら、私達バツ一同士なの。でも、もう15年も前の話よ。子供を連れて離婚してパートに出た先のお客様なのよ。」

 

えええ、

お差支えなければ、どんなパートに出たらあんな素敵な方と出会えたんですか?

(今からでも転職しようかしら)

 

「うふ、それが○○カントリークラブなの。離婚して仕事が無い時に・・・」

 

知ってる。

家にチラシが入って、裏が履歴書になっていたんでしょ。

 

「わたし、こんなんでしょ。キャディやっていてもモタモタしていてね。それが印象的だったみたい。

ゴルフ場でキャディするよりも、僕だけのキャディになった方がいいよ。」って。

 

スタールビーには須藤さんのオバサンがいなかったんだね。

だから、巨大な膀胱持っていなくても○○カントリークラブにパートに出たのね。

 

スタールビーに、膀胱大きいですか?とは聞かなかった。

ここトイレだもん。

 

ゴルフ場で働けばあんな素敵な人と出会えたのかなあ。

 

亀子と亀子の友達の話は信用してはいけない。

と、気がつくのには15年遅かった。

 

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